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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11967号 判決

原告

高田一郎こと高承彦

被告

丸井自動車株式会社

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金五三六万八四七七円及びこれに対する昭和六一年九月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和六一年七月五日午後一〇時一五分ころ

(二) 場所 東京都荒川区東日暮里五丁目五〇番一八号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車 普通乗用自動車

右運転者 被告奥田貞男(以下「被告奥田」という。)

(四) 態様 加害車が、本件交差点を鶯谷方面から日暮里駅方面に向けて左折したところ、横断歩道上を歩行していた原告に衝突した。

2  責任原因

(一) 被告奥田

被告奥田は、加害車を運転して本件交差点を右折するに際し、原告が横断歩道上を歩行中であつたのであるから、前方を注視しかつ一時停止して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と時速約一〇キロメートルの速度で進行した過失により本件事故を惹起したものである。

(二) 被告丸井自動車株式会社(以下「被告会社」という。)被告会社は、加害車を保有し、自己のためにこれを運行の用に供していたものである。

また、被告奥田は、被告会社の被用者であるが、被告会社の事業の執行につき本件事故を惹起したものである。

3  原告の損害

(一) 原告は、本件事故により右大腿骨転子部骨折及び右腓骨骨折の傷害を受けた。

(二) 右受傷に伴う損害の数額は次のとおりである。

(1) 治療費 金三〇六万三一七〇円

(2) 休業損害 金一四八万八四〇七円

原告は、年額金二六七万六二〇〇円の収入を得ていたものであるが、前記受傷のため、昭和六一年七月五日から昭和六二年三月三〇日までの二〇三日間休業を余儀なくされ、金一四八万八四〇七円の休業損害を被つた。

(3) 入院雑費 金一二万一二〇〇円

入院日数一〇一日間(昭和六一年七月五日から同年一〇月一三日まで)につき一日当たり金一二〇〇円。

(4) 交通費 金四万七七〇〇円

(5) 慰藉料 金一五五万三〇〇〇円

(6) 弁護士費用 金二九万五〇〇〇円

4  損害の填補 金一二〇万円

原告は、本件事故につき、自動車損害賠償責任保険から金一二〇万円の支払を受けた。

よつて、原告は、被告らに対し、民法七〇九条、七一五条、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、前記3(二)の損害合計金六五六万八四七七円から4の損害填補額金一二〇万円を控除した金五三六万八四七七円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和六一年九月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実について、(一)ないし(三)は認め、(四)は否認する。

2  同2の事実について、(一)は否認し、(二)は認める。

3  同3の事実は知らない。

4  同4の事実は認める。

三  抗弁(被告会社につき自賠法三条但書の免責)

本件交差点は、三河島駅前通り方面から日暮里駅方面に通じる幅員九・〇二メートルの通称日暮里中央通り(以下「日暮里中央通り」という。)と鶯谷方面から尾久橋方面に通じる幅員一六・二〇メートルの放射一一号線(以下「放射一一号線」という。)が交差する信号機により交通整理の行われている交差点であり、両道路とも平坦なアスフアルト舗装で、日暮里中央通りの最高速度は時速四〇キロメートルに制限されている。本件事故当時、天候は雨で、路面は湿潤であつた。

被告奥田は、加害車を運転して日暮里中央通りを走行し、三河島駅前通り方面から日暮里駅方面に向けて直進するため対面の青信号に従い本件交差点に進入したところ、本件交差点の日暮里駅方面出口にある横断歩道上を原告が歩行者用信号機の赤色表示を無視して左方から右方に飛び出してきたのを約一二・七二メートル前方に発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、加害車前部が原告に衝突した。

被告奥田は、指定速度を遵守して対面信号機の青色表示に従つて本件交差点に進入したものであり、原告のように赤信号を無視して横断する無法な横断歩行者の存在することを予見すべき注意義務はないから、本件事故の発生に関し過失はない。

他方、原告には、本件交差点を横断するに当たり、対面の歩行者用信号機の表示を注視しその表示に従い、左右の安全を確認して横断を開始すべき注意義務があるのにこれを怠り、歩行者用信号機の赤色表示を無視し、かつ、本件交差点の左右の安全を確認することなく、漫然と本件交差点を横断しようとして加害車の進路直前に飛び出した過失があり、本件事故は、原告の右一方的過失によつて惹起されたものである。

また、被告会社は加害車の運行に関し注意義務を怠つておらず、加害車には構造上の欠陥もなく、機能上の障害もなかつた。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証、証人等目録記載のとおり。

理由

一  請求原因1(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで同(四)(本件事故の態様)について判断するに、前記争いのない事実に成立に争いのない乙第三、第四号証、証人佐藤真佐昭の証言及び被告奥田本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  本件交差点は、三河島駅前通り方面から日暮里駅方面に通じる車道幅員九・〇二メートルの日暮里中央通りと鶯谷方面から尾久橋方面に通じる車道幅員約一六・二〇メートルの放射一一号線が交差する信号機により交通整理の行われている交差点であり、両道路とも平坦なアスフアルト舗装で、日暮里中央通りの最高速度は時速四〇キロメートルに制限されている。本件交差点の信号機の現示秒数は、日暮里中央通りの車両用が赤色五六秒、青色三三秒、黄色三秒、赤色二秒(赤色五六秒に連続する。)、これに対応して、これを横断する歩行者用は青色五〇秒(うち点滅六秒)、赤色四四秒である。本件事故当時、天候は雨で、本件事故現場付近の路面は湿潤であつた。また、本件事故現場付近は照明のため明るい。

2  被告奥田は、加害車を運転して日暮里中央通りを走行し、三河島駅前通り方面から日暮里駅方面に向けて直進するため対面の青信号に従い時速約四〇キロメートルの速度で本件交差点に進入した。本件交差点に進入後、対面信号機の表示が黄色に変わつたが、被告奥田は、そのまま加害車を進行させたところ、本件交差点の日暮里駅方面出口にある横断歩道上を原告が左方から右方に出てきたのを約一二メートル前方に発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、加害車前部が原告に衝突した。

原告は、本件交差点の日暮里駅方面出口にある横断歩道を鶯谷方面から尾久橋方面に向けて横断を開始したところ、歩道と車道の境から約一・三メートル道路中央に出た地点で加害者と衝突した。原告が右横断を開始してから本件事故が発生するまでの間、原告が従うべき日暮里中央通りの横断歩行者用信号機は赤色を表示していた。

原告本人の供述(第一、第二回)中右認定に反する部分は、証人佐藤真佐昭の反対趣旨の証言に照らし措信することができない。

三1  被告奥田の責任

前認定の事実関係の下に被告奥田の過失の有無を検討すると、被告奥田は、指定速度を遵守して対面信号機の青色表示に従つて本件交差点に進入したものであるが、このような場合、交差点を直進する車両の運転者は、信号機の表示に従わずに横断を開始する歩行者が存在することを予見させる特別の事情のない限り、このような歩行者のあることまで予想して交差点の手前で停止できるように減速して走行すべき注意義務はない。そして、本件事故においては、前記特別の事情を認めるべき証拠はないから、被告奥田が時速四〇キロメートルの速度で本件交差点に進入しそのまま進行したこと自体に過失を認めることはできない。更に、原告が車道に出たのは加害車の約一二メートル前方の地点で、被告奥田は、原告が車道に出たのを直ちに発見し、急制動の措置をとり、加害車は発見地点から約一七メートルで停止しているものであつて、右は、原告を発見した時点以降に事故回避のためにとるべき措置として適切なものであつたというべきであるから、右時点以降の被告奥田の行為についても過失を認めることはできない。

以上のとおり、被告奥田には、本件事故の発生について過失が認められないのであるから、同被告が民法七〇九条の責任を負わないことは明らかである。

2  被告会社の責任

被告奥田に本件事故に関し過失を認めることができないのであるから、被告会社が民法七一五条の責任を負わないことは明らかである。

次に、自賠法三条の責任について検討するに、請求原因2(二)の事実は当事者間に争いがない。

そこで、抗弁について判断する。前認定の事実によれば、原告には、本件交差点の日暮里駅方面出口にある横断歩道で日暮里中央通りを横断するに当たり、対面の歩行者用信号機の表示を注視しその表示に従い、左右の安全を確認して横断を開始すべき注意義務があるのにこれを怠り、歩行者用信号機の赤色表示を無視し、かつ、本件交差点の左右の安全を確認することなく、加害車の進路直前で横断を開始した過失があるものといわければならない。そして、前示のとおり、被告奥田には本件事故の発生につき過失はないものであるところ、前認定事実によれば、本件事故の発生が、加害車の構造上の欠陥、機能上の障害及び加害車の運行に関する被告会社の過失の有無と関係がないことは明らかであるから、被告会社は自賠法三条但書により運行供用者責任を免れるものというべきである。抗弁は理由がある。

四  以上の事実によれば、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡本岳)

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